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「グルジア紛争、日本の報道に疑問」:片山通夫

 北京五輪開会式後に明らかになった南オセチアでのグルジア軍とロシア軍との戦闘に関して関西在住のグルジア人チェリストのギア・ケオシヴィリさんは、母国の安全を気遣いながらジャーナリスト・ネットに次のように語った。
「日本のマスコミは一方的にロシア側からの情報を流しているが、それは真実ではない。私の息子が8月8日にツヒンバリ(南オセチアの首都)の近くの街へ行ったとき、ゴリ(グルジア領の街)にロシア軍が爆撃を加えているのを目撃した(と電話で語った)。日本の報道は、この時点でのロシア軍の侵攻を伝えておらず、一方的にグルジアが戦闘を開始したような報道がなされている。
プーチン首相は、ロシアは平和を求めているのに、グルジアが戦争を始めたと言うが、自分の家(領土)で戦争を望む者などいない」

ギアさんは遠く離れた日本でなされている報道と、自身が独自に入手した情報と野ギャップに疑問を呈した。

 ここで日本にはあまりなじみのないグルジアについて、グルジアとの友好団体「めごばり会」代表 谷川多恵子さん(「めごばり」はグルジア語で「心の友」の意味)のコメントを掲載する。読者の理解の一助となれば幸いである。

谷川さんは8月8日、グルジアの「ルスタビ2放送」を直接日本で視聴した。グルジア・サーカシビリ大統領は同放送で20分に渡り、次のように演説した。その模様を次のように話した。
「(大統領の演説では)ロシアの侵攻が始まってからグルジア側は3日間我慢したが、ロシアが民間にも攻撃を加えるにいたって出兵を決意した状況を説明。その中で、大統領はグルジア市民に冷静に我慢するように」と呼びかけていた。
またこの演説では「ロシアを敵に戦え」とは一言も言っていない」と谷川さん。

谷川さんはギアさんと同じように、「日本で報道されているロシア発の情報と食い違っている。このサーカシビリ大統領の演説について、日本では全く報道されていない。英仏独などでは、報道されているが」と日本のマスコミに対して不審の念を抱く。

また「今回の歴史的背景」に関してだが「南オセチア自治州はもともと『サンマチャブロー』というグルジア固有の土地で、1924年ごろから、北オセチアのオセット人が南下して住み着き、ソ連の政策の元で「南オセチア」自治州となった。険しい山岳地帯の中、数少ない軍用道路が走っている場所で、ロシア軍がグルジアに侵攻するためには、押さえておきたい軍事的に重要な地域だ。
また今回の侵攻は、1992〜94年のアブハジア紛争と同じ、ロシアの領土拡大政策が主な原因だとギアさんや谷川さんはみる。

「アブハジア紛争」とは、黒海に面したアブハジア共和国(首都スフミ)は軍事的にも、観光産業としても重要な所。ロシア軍が突然侵攻して、グルジア系住民は街をすてて避難した。相撲の「黒海」もスフミの出身で、11才のときに、このロシア軍の攻撃を経験。彼と兄弟は両親が飛行機に乗せてくれてトビリシに避難。両親や親戚は山越えをして、避難した。グルジア系住民が避難した後、空き家になった家にロシア人が住みついた。ロシア側の「ロシア系住民が多い、ロシア領である」という主張はまったく根拠がない。アブハジアの悲劇が南オセチアでも繰り返されるのではないかと、グルジア人たちはずっと懸念してきたが、それが現実となった。

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ギアさんへのメールは
me-tanigawa*mountain.ocn.ne.jp
註:上のアドレスは「*を@に変更」してください。
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Author:michio_k
サハリン残留朝鮮人の生活をライフ・ワークに、ビデオ、写真、文章など、あらゆるツールを使って記録しているフォト・ジャーナリスト。